映画【怪物】ネタバレ解説|考察まとめ

【怪物】の作品情報

  • 公開日:2023年6月2日
  • 監督:是枝裕和
  • キャスト:安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、角田晃広、中村獅童、野呂佳代、黒田大輔、田中裕子
  • IMDb RATING 7.8/10
  • Rotten Tomatoes 映画評論家レビュースコア96% 一般レビュー91%

予告動画

作品の特徴

名監督×名脚本×坂本龍一の音楽
本作は、是枝裕和監督が手掛け、脚本を坂本裕二が担当し、音楽を坂本龍一が手掛けた超豪華なコラボレーション作品である。特に是枝監督は『万引き家族』や『誰も知らない』などのリアルな人間ドラマを得意とし、坂本裕二も『最高の離婚』『カルテット』など繊細な人間関係を描く作品で知られる。この二人の作家性が融合し、独特な映画体験を生み出している。


あらすじ

大きな湖のある郊外の町。シングルマザーの早織(安藤サクラ)は、小学生の息子・湊(黒川想矢)を愛情深く育てていた。ある日、湊と同級生の依里(柊木陽太)の間で小さなトラブルが起こるが、その食い違う証言は学校、保護者、さらには社会やメディアを巻き込み、次第に大きな問題へと発展していく。やがて迎えた嵐の朝、二人の子どもは忽然と姿を消してしまう——。

子どもたちは一体どこへ消えたのか? 彼らが求めたものとは? 友情と希望、そして社会の歪みを浮き彫りにする感動のヒューマンサスペンス。

ネタバレありストーリー解説

物語の三幕構成:異なる視点で描かれる「怪物」探し

本作は、母(沙織)、担任教師(堀)、子供たち(湊と依里)の三つの視点で物語が展開される。

母・沙織の視点

彼女は、シングルマザーとして息子を守ろうとするが、学校側の対応に疑念を抱き、戦いを挑む。
息子が「担任に暴力を振るわれた」と言うことで、学校に怒りを向けるが、この時点ではまだ「本当の出来事」は見えていない。
彼女の視点では、学校が「怪物」として映る。

担任・堀の視点

母の視点とは異なり、彼は学校側の立場であり、加害者ではなく「巻き込まれた存在」として描かれる。
彼の視点では、事件の構図が変わり、「怪物」が誰なのかが曖昧になってくる。
しかし、彼の「男らしさ」を強いる教育や謝罪への抵抗感が、無意識のうちに抑圧的な存在となっていたことも示唆される。

子供たちの視点

最後に明かされるのは、事件の当事者である湊と依里の視点。
彼らは直接的な大人の抑圧ではなく、「社会の普通」という目に見えない怪物に苦しんでいた。
彼らにとっては、大人のルールがむしろ怪物のように映る。
この三幕構成が、観客の視点を変えながら物語を展開し、「怪物探し」の本質を問いかける構造となっている。

考察

対岸の火事

物語の冒頭、麦野湊の母は火事を見ながら「頑張れ」と消防士に声をかける。一見励ましのような言葉だが、当事者ではないからこそ無責任な発言となっている。しかし、実際にはその火はすでに彼女の足元まで迫っており、自分自身が問題の渦中にいることに気づいていない。この火事は、社会における「第三者の無関心な発言」が問題を拡大させる様を象徴している。映画全体を通じて、噂や誤解が広がることで人々が追い詰められ、事態が悪化していく様子が繰り返される。湊や星川依里、保利などの登場人物も、直接的な行為ではなく「誰かの言葉」によって社会の中で孤立し、結果的に悲劇へと導かれていく。

「豚の脳」とは

湊が母親に「豚の脳を持つ人間は人間じゃないの?」と尋ねた際、母は深く考えずに「それは人間ではない」と答える。この言葉自体は単なる思考実験のように思えるが、湊にとっては非常に重い意味を持っていた。実はこの質問の背景には、星川依里が父親から「豚の脳だ」と罵られていた事実があった。湊は、この言葉がLGBTQ+の人々を指している可能性があると考え、自分の母親に確かめたのだ。しかし母の無自覚な否定は、湊にとって「LGBTQ+の考えを持つことは人間ではない」と言われたように聞こえた。そして、湊はとっさに「これは教師の保利が言っていた」と嘘をつく。この小さな嘘が後に膨らみ、大きな誤解へとつながっていく。ここでは、何気ない言葉がどれほど人を傷つけるか、そして小さな誤解が社会の中でどのように膨れ上がるのかが描かれている。

言葉の呪縛

「白線を超えたら地獄」という言葉は、幼い子どもに対して使われるしつけの一環のように見える。しかし、成長とともにこの言葉は「社会のルールを逸脱すれば生きづらくなる」という圧力へと変わっていく。これは単なる道徳教育ではなく、個人の自由やアイデンティティを否定する呪縛となり得る。特にLGBTQ+のようなマイノリティにとって、この社会の枠組みがどれほど生きづらさを生むかを示唆している。映画では、湊や星川依里が周囲の言葉に縛られ、自分の気持ちを正直に表現できない様子が描かれている。さらに、教師の保利の「男らしくない」という発言も、星川が相談できなくなる原因となっている。このように、社会の中で使われる何気ない言葉が、個人の生き方を抑圧し、時には人間関係を分断する要因になっていることが示されている。

髪の毛を切った理由

湊が突然髪を切ったのは、自分のアイデンティティに対する恐れと、他人の視線を意識した結果だった。一つ目の理由として、彼はLGBTQ+的な考えを持つことに対する不安を抱えており、その象徴として髪を切ることで「普通の男の子」に見せようとした可能性がある。二つ目の理由として、彼は木田というクラスメイトが二人の関係を知っているかもしれないと考え、その痕跡を消そうとしたのではないか。特に、音楽室で星川依里が湊の髪に触れていた場面の後、木田が近くで水道を使っているシーンが映し出されていることから、彼女がその関係に気づいていた可能性が高い。湊は、このような「誰かに見られたかもしれない」という不安から、髪を切ることで自分を隠そうとした。ここでは、個人のアイデンティティが社会の目を気にすることで変化してしまう様子が象徴的に描かれている。

放火の真相

物語の中で、星川依里が放火をしたのではないかと疑われるシーンが複数ある。特に、校長と出会った場面でチャッカマンを拾ったり、夜遅くまで起きていたことが示唆されるなど、視聴者は彼が犯人なのではないかと考えがちである。しかし、これは観客自身が「怪物」を作り上げる構造になっている。物理的に小学生がビルに放火し、それを大火災に発展させることは極めて困難である。耐火構造のある建物が、チャッカマンひとつで全焼する可能性は低く、むしろ飲食店内での事故による火災の方が自然な解釈だ。星川依里の言動や、視聴者の思い込みによって「彼が放火したのではないか」という疑念が生まれているが、これは社会において偏見がどのように形成されるかを映し出している。

ホルンの音の意味

ホルンの音は、物語の中で非常に象徴的な役割を果たす。湊が校長先生と一緒にホルンを吹くシーンでは、「誰にでもなれない幸せなんてない。誰でもなれるものを幸せって言うんだ」と語られる。この言葉は、湊にとって大きな救いとなり、それまで閉じ込められていた感情を解放するきっかけとなる。また、このホルンの音が、絶望の淵にいた堀先生の命を救う。ベランダで飛び降りそうになった堀は、ホルンの音を聞き、それによって踏みとどまる。これは、音楽が持つ救済の力や、他者の想いが人を救う可能性を象徴している。そして、ホルンを吹くことが、湊自身の自己表現であり、初めて自分の気持ちを外に出す行為だったとも考えられる。

消しゴムを取るときに固まった

湊は母親の目の届く範囲で作文を書いており、当初は母の期待に沿った内容を書こうとしていた。しかし、母が外出し、一人になったことで「自分の本当の望みとは何か」を考える時間が生まれた。その結果、「自分がどう生きていきたいのかわからない」という迷いに直面し、思考が停止してしまった。また、前夜に依里との待ち合わせを母に見つかり連れ戻された出来事も影響している。母の行動に悪意はなかったが、湊にとっては「自分の気持ちを抑え込まれる」経験となり、「母の望む未来に従わなければならない」と感じるようになった。彼の心は、「母の期待に応えるべきか」「本当の自分を貫くべきか」という板挟み状態に陥っていたのだ。
作中では、湊のような子供にとって特に傷つく言葉がいくつも登場する。「結婚してお母さんを支えてあげてね」という母の言葉は、「普通の幸せ」を押し付けるものであり、湊にとっては自分の未来を否定されるように感じられた。また、教師の堀が「男だろう?」と発言する場面も、湊に「自分は間違っているのか」「このままではいけないのか」と考えさせ、心理的に追い詰める要因となった。
実際に心理的な負担で固まるなら、母が出て行った後の方が自然に思えるが、映画では母の目の前で固まる演出が採用されている。これは、母に湊の異変を気づかせるための意図的な描写であり、観客に対しても彼の葛藤を明確に伝える役割を果たしている。
湊が消しゴムを取るときに固まったのは、単なる緊張や驚きではなく、「自分の望む未来が描けないこと」による心理的なフリーズ状態だった。母の期待と本当の自分の間で揺れ動き、プレッシャーに押しつぶされそうになった結果、動けなくなってしまった。このシーンは、映画全体のテーマである「社会が生み出す抑圧と葛藤」を象徴しており、湊の苦悩を深く表現している重要な瞬間だったと言える。

最期の真相

映画のクライマックスでは、台風の中で二人が行方不明になり、その後、水路を抜けて晴れた大地を駆けていくシーンが描かれる。しかし、この場面には違和感がある。それまで長袖や長ズボンで肌を隠していた星川依里が、Tシャツと半ズボンという格好になっていることから、これは「現実の世界」ではなく、二人が新たな世界へと旅立ったことを示唆している可能性がある。映画内で最大風速45m/sという台風が発生していることを考えると、小学生二人が洪水の中を生き延びるのは極めて困難だ。さらに、二人が向かった鉄橋のバリケードが消えていることも、「現実ではなく、彼らが解放された世界にいる」ことを示している。このように、物語の最終盤は観る人によって解釈が分かれる部分であり、「二人は生き延びたのか、それとも別の形で自由を得たのか」が問いかけられている。それが死後の世界なのか、新しい人生なのか、あるいは単なる現実の延長なのか、観客の解釈に委ねられている。


監督インタビュー・制作秘話

是枝裕和監督が新作映画『怪物』の制作過程と子役へのアプローチについて語ったインタビュー。監督は、子役の感情表現を引き出すために従来の方法を変え、特に物語の前半で感情の持続力を維持することに重点を置いたと語る。彼は、キャストとスタッフとの共同作業を大切にし、シナリオや演出においても柔軟な対応を求めた。映画の編集過程で重要なシーンが変更され、完成度が高められたことについても触れている。

監督が「簡単に言葉にできない感情を描くことができた」と語るように、映画のストーリーや登場人物の心情は非常に繊細に描かれており、多くの観客がその難解さに共感を覚えたと言います。
監督は、脚本家の坂本裕二との初めてのコラボレーションについても言及。映画の音楽は、坂本龍一氏が手掛け、作品に深みを加えています。また、映画のテーマに関しては、LGBTやクィア文化についても触れ、現代社会の枠組みから外れることに対する強いメッセージが込められています。

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